2018年10月16日
<筑後南部の菓子文化> 堀川製菓が矢部村にある理由

八女市矢部村は八女市役所本所から東に30キロほど、
熊本県境に位置します。
矢部村にある専業の和菓子店は堀川製菓だけなんですが、
人口千人当たりにすると0.84店で、かなりの高密度。
なぜ矢部村の和菓子屋密度が高いのか、
っていうか、堀川製菓はなぜここにあるのでしょう?
矢部村の東隣、
峠を超えた大分県日田市中津江村にあった鯛生金山。
金鉱石の採掘は終了していますが、
地底博物館として整備され、当時の様子が再現されています。
※鯛生金山
http://taiokinzan.jp/
鯛生金山の坑道は110キロ。
最盛期の昭和13年頃は東洋一の金山と呼ばれ、従業員は約3千人。
中津江村内には映画館や飲食店が建ち並び、
村全体が賑わっていたそうです。(地底博物館公式サイトより)
地底博物館公式サイトには中津江村のことしか書いてありませんが、
じつは、峠を挟んだ矢部村にも鯛生金山の坑道の入口があり、
同じように社宅が建ち、村がにぎわっていたのです。
で、矢部村の堀川製菓の創業は昭和10年ごろ。
つまり、金山で賑わう矢部村で一旗あげようと、
堀川さんが開店したということだろうと思います。
ただ、鯛生金山は昭和19年に休山。
昭和31年に再開するものの昭和47年に閉山してしまいました。
そうなると従業員は家族ごと転居し矢部村の人口は減少。
矢部村の和菓子屋密度が高いのは和菓子屋さんが多いのではなく、
人口が減ったのがその理由だったのです。
それにしても、そのような高い和菓子屋密度で経営を続けている
堀川製菓店主の堀川さんには、矢部村の皆さんに和菓子を届けるため、
いつまでも頑張っていただきたいです。
Posted by 朝倉2号 at 14:00│Comments(0)
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